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2013年3月10日日曜日

テキンという名の由来

ある時から、「テキン」という名前はどこからきたのかずっと気になっています。
あまりにも気になるので、アンケートをしてみた事もありました。

(過去の記事)手フート vs てきん アンケート
http://kappan.did.co.jp/2011/10/vs.html

その時、「手」とインキングの「キン」が由来のようだと教えてくださる方がありました。
また、「ハンドプレス・手引き印刷機」板倉雅宣(2011年)朗文堂(18頁)にも、

「手キン」の「キン」は、何から来たのかを考えるとき、
inkingのイン[キン]グの[キン]が使われ「手キン」となったものと想像される。

とありました。
しかし、私の知っているテフート、テキンは自動でインキ着け(Self Inking)を行いますから、「手」や「インキング」がなぜ名前に関係するのかが理解できませでした。
印刷者がインキ着けを行うHand Inking は、手引き印刷機(Hand Press)のものと思い込んでいたのです。
と言う訳で、私自身のなかでは、テキンの由来は不明のままとなっていたのです。

ところが、先日入手した「活版総覧」森川龍文堂(昭和8年)を眺めるうち、ようやく理解することができました。
小型のフート印刷機には、自動でインキ着けを行うSelf Inkingのものと、Hand Inkingのものとがあり、同時期に販売されていたのです。
この本とともに、テキンの名前の由来を考えてみたいと思います。

手フート、テキンのルーツは、19世紀の半ば、アメリカのゴードン(G.P. Gordon)が開発したGordon Franklin Pressに遡ることができます。
足踏みで動かしますが、フライホイールにベルトをかけて蒸気機関や電気モーターで動かすこともできました。
Bed(版盤)とPlaten(圧盤)はClamshell(二枚貝の殻)のように蝶番でつながり、印刷時にはほぼ垂直に位置します。
また、インキ練りとインキ着けを自動で行うなど、15世紀のグーテンベルグの手引き印刷機(Hand Press)から大きな進化を遂げました。


ゴードンが自分の印刷機に18世紀の偉人ベンジャミン・フランクリン(Benjamin Franklin)の名を用いたのは、印刷機の改良点をフランクリンが夢で教えてくれたと主張したからでした
Gordon Franklin Pressは、Job、端物(はもの)と呼ぶ小ロット印刷に向いた印刷機(Jobbing Platen Press)として、その類似機とともに普及しました。
今日では、Jobbing Press, Jobberなどと一般名称で呼んだり、製造会社やブランド名(Gordon, Chandler and Price, Golding, etc. )で呼びますが、当時はどうだったのでしょうか。

日本で初めてこのタイプの印刷機(フート印刷機)を購入したのは、パリ万国博の帰途にあった清水卯三郎氏で、1868年に日本に輸入されました。
その後、国産メーカーもそれにならって作り始めたようです。
私が知る限りでは、中馬鉄工所で製造されたものが1台現役で活躍しています。
閑話休題。
「活版総覧」森川龍文堂(昭和8年)は活字の見本帳ですが、後半に印刷機材の広告も載っています。
ハート型のフレームが目を惹く足踏み印刷機が「フートプレス印刷機械」として掲載されています。
私の英文資料には、足踏み印刷機として「Foot Press」という呼び方は見当たらず、treadle, foot treadleが用いられています。
恐らくJobbing Pressや特定の名称が馴染まず、和製英語として「フートプレス」が定着したのではないかと想像しています。
手フート、テキンもフートプレスの一部として認識されていたようです。
別のページでは「手引フート印刷機」とあります。
やはり、手フートの由来は「手」と「フート印刷機」ですね。
今よく見かける手フート、テキンは、フレームにNGIの鋳出しがあるものですが、これを昭和23年から製造していた永井機械製作所の品名は「NA-2型美濃半裁手フート印刷機」でした。
また、「印刷機械」中村信夫(昭和34年)印刷学会出版部では「手フート」、「凸版製版印刷技術」鎌田彌壽治他(昭和36年)共立出版株式会社では「手キン・手フート」という表記でした。

「活版総覧」のページをめくり、左下の「號型軽便フート」を見てピンときました。
これはインキ着けを自分でする「Hand Inking」の手フートです。
その発音は「ハンデ ィン キン」に聞こえます。
「ハンド キン」と聞こえたから「手キン」となった訳ですね。
でも、なぜSelf Inkingのものまで「手キン」と呼ぶようになったのでしょうか。
「號型軽便フート」(Hand Inking)は、チェース内寸法が6寸×4寸とのことなので、約A5サイズまでということになります。
価格は5圓50銭とのことですが、ほぼ同じサイズでインキ着け装置の付いた手引中判フート(Self Inking)が28圓ですから、インキング装置の有無で価格が1/5になることになります。
小型で安価なHand Inkingのフート印刷機は、アメリカでアマチュアプリンターや、商店などでの自家使用としての需要を満たしたように、日本でも入門機や予備機としても重宝されたことでしょう。
そして、「テキン」の愛称で親しまれるうち、小型で安価な印刷機の名称としていつしかSelf Inkingの手引フートプレスも含めて呼ぶようになったのではないかと。
また、大きな足踏みのフートプレスと、小型の手引きのフートプレスをまとめてフートプレスと呼ぶことに不都合があったのでしょう。
それらを明確に区別するために「手キン」という呼び方に落ち着いた・・・そう考えると納得です。
また、「ハンドプレス・手引き印刷機」板倉雅宣(2011年)朗文堂(17頁)に、『最近「手金」と書かれていることがあるが、そうは書かない。』というのも理解できます。
当たらずといえども遠からずと思えるのですが、みなさんはいかがでしょうか。

(3/12追記)
日本印刷年鑑1953(昭和28年)日本印刷工業会の印刷用語集では、
 手きん・・・手動式の端物専門の小型印刷機。
 手フート・・・手動式フート印刷機。
 フート・・・版も圧盤も縦についている平圧印刷機。
       足踏みのものも動力掛けのものもすべてフートという。
とありました。
この年代では、手きん=手フートではなく、手きんは手フートより小型の印刷機と位置づけられていたことが伺えます。