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2013年9月20日金曜日

名塩和紙の過去、現在、未来を見に行く


最盛期には「名塩千軒」と言われるほど紙漉きが盛んだった兵庫県西宮市の北部にある紙漉きの里、名塩(なじお)。
400年の歴史を持つ名塩紙を継承するのは、今や二軒だそうです。
そのうちの一軒、谷徳製紙所の谷野武信さんを訪ねました。

地元産の土粉(泥土)を加えて漉く名塩紙は、虫がつかず、熱に強く燃えにくく、伸縮が少なく、変色を防ぐといった特長があり、江戸時代には藩札にも用いられていたそうです。
谷野さんは、襖紙やその下張り、壁紙、文化財の修復、書画用紙などに用いられる間似合紙(まにあいがみ)のほか、金箔や銀箔を打ち延ばす際に使う箔打紙を漉いておられます。
間似合紙と呼ばれるようになったのは、襖の幅の半間(三尺、約90㎝)に「間に合う」大きさであるほか、「間に合わせる(遣り繰る)」というニュアンスもあるそうです。

泥土には白、青、黄、茶の4色があり、これを水に溶き、紙料に加えて漉くと紙の色になります。
白茶は混ぜ合わせて作り、5色ができます。
目の細かい木綿袋で濾した泥土の水は、時間が経っても粒子が沈殿することはないそうです。

名塩和紙は雁皮(がんぴ)を用います。
細密で光沢のある繊維により、なめらかな紙肌が特徴ですが、栽培が難しく、自生しているものを採取するしかありません。

大きな釜で原料を煮熟(しゃじゅく)し、セルロース(繊維素)以外の成分(ペクチン、リグニンなど)を取り除きます。

煮熟を終えた原料は不純物やゴミを取り除き(ちり取り)、薙刀ビーターで繊維を解きほぐす叩解(こうかい)をします。

漉き返しという再生紙も漉いておられます。
大正~昭和初期の和紙の故紙をソーダ灰で煮て脱墨し、紙料に再生します。
昔の公文書には、三椏(みつまた)が用いられていたそうです。

一通りのご説明をお聞きした後、間似合紙の紙漉きを見せてくださいました。
漉き舟の前の窓からは、お庭の木や草花が見えます。
集中とリラックスの心地良いリズムを導いてくれそうな素敵な窓です。
漉き舟には青い泥土入りの漉き返しの紙料が入っていました。

名塩和紙の製法は、私が今まで見た産地のそれとは異なる特徴がいくつかあります。
谷野さんは座って漉かれます。

溜め漉きで、簀桁(すけた)は糸などで吊らずに手だけで保持し、二組の簀で交互に漉きます。
奥(下の写真の上中央)に見えるのが漉いたばかりのもので、斜めに立て掛けて水切りをしています。
ヤダケの簀には柿渋を塗った麻の布が重ねてあります。
夏は基本的に紙漉きを休むそうで、その期間に簀や道具を作ったり、修繕をご自身でされるそうです。
泥土が入っている証が独特の製法のあちこちに見られます。

溜め漉きですがネリを加えてあり、時おり捨て水の動作も入ります。

大きな簀桁の隅々まで目を配るため、頭を左右に振りながら漉いていかれます。
見ているだけでは簡単そうに思えますが、それは気のせい。
2002年に重要無形文化財保持者(人間国宝)として認められた谷野さんですが、一生稽古とにっこり。

漉き終わったら簀桁を一旦漉き舟の上に仮置きします。
先に漉いたもの紙床(しと)に移したあと、漉桁を斜めに立て掛けて水切りします。
ネリが入っているので、漉いた紙を重ねていっても、くっついてしまうことはありません。

ネリにはニレとビナンカズラを使うそうです。
トロロアオイではないのですねとお聞きすると、粘りが合わないんだそうです。

ニレの皮は軒下の壺の中で自然発酵。手に取るとネバネバです。

ビナンカズラはお庭に生えています。ネリとして使うのは夏だそうです。

全て漉き終わったら重石を乗せて脱水します。
重石は一度に載せず、徐々に増やしながら、ゆっくり時間を掛けて脱水します。
こちらは前日に漉いたもの。

イチョウの干し板に湿紙を貼り、屋外で天日乾燥されますが、あいにくのお天気で屋内に。

馬の毛でできた刷毛を使って干し板に貼ります。

干し板に貼ったあと、さらに布を被せ黒いヘラで撫で付けます。

乾燥を待って完成です。

見学を終えたあと、これまでに漉かれた紙のこと、国宝や文化財の修復のことなどのお話しを聞かせていただきました。

こちらは染めた紙料で雲のような模様をつくる打雲紙です。

名塩和紙の始祖とされる東山弥右衛門さんのことや、名塩千軒と言われた全盛期のことなど興味深いお話しも聞かせてくださいました。
近くの墓地に弥右衛門さんが祀られていて、慰霊祭もあるそうです。

山間の紙漉きの里に銀行があり、ご近所には3階建ての蔵を持つお宅があったとか。

世代を超えて受け継がれている史料を拝見してもシミや変色、虫喰いは認められず、長期の保存性に優れていることが判ります。
アーカイバル性が求められる国宝や文化財の修復に欠かせないというのも納得です。

襖、屏風、壁紙といった目につくところばかりでなく、下張りにも名塩紙の特長は活かされます。
下張り紙の質が悪いと、シワや波打ちが出て美観を損なってしまいます。

江戸時代には藩札の用紙として用いられました。

名塩紙の過去と現在をたっぷりお聞きしているうちに予定の時間をすっかり過ぎてしまいました。
これまで何度も同じ事を聞かれたことと思いますが、大変親切丁寧に質問にお答えいただきました。
たくさんお話しを聞かせてくださいましたが、「一生稽古」と、「道具の製作、修繕は自分で」が特に印象的でした。

三代目の谷野雅信さんが谷徳製紙所内に「名塩和紙 洪哉 こうや」という屋号を掲げられ、名塩和紙の更なる普及、発展に励んでおられます。
名塩和紙のこれからに注目です。

(名塩和紙の活版名刺)
洪哉さんの耳付き名刺が入荷しました。
雁皮(名塩鳥の子)、雁皮間似合(泥入り)、普通間似合(漉き返し泥入り)の3種です。
極少量の入荷の為、在庫はお尋ねください。

手前より(左)雁皮、(中)普通間似合、(右)雁皮間似合

谷徳製紙所/名塩和紙 洪哉 (こうや)
兵庫県西宮市名塩2-2-23
0797-61-0224



(名塩和紙学習館)
近くの名塩和紙学習館では、定期的に紙すき教室が開催されています。

この日は、雁皮、楮、パルプを漉くことができました。
小規模ながら資料展示室もあります。

名塩和紙学習館
兵庫県西宮市名塩2丁目10-8
0797-61-0880
http://www.nishi.or.jp/homepage/kyodo/najio/najio-top.htm

名塩和紙学習館 11月の紙すき教室
http://www.nishi.or.jp/contents/00020247000400048.html



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