福島県に住む弟からの「近所の活版印刷所が廃業するので、印刷機や活字を引き取ってくれるところを探している」という情報でした。
その頃ちょうど活版印刷に興味を持っていた私は、すぐに下見に伺うことにしました。
という訳で2007年12月、雪の降る深夜の高速に乗って福島県まで見に行ってきました。
最近まで使っていらっしゃたという事で動作に問題も無く、手入れが行き届いていて目立った錆もない手フートでした。
おまけに、ジャッキ、ステッキ、ファニチュア、インテル、罫切り、鳥居鋏、ブレース鋏などの資材も一通り揃っており、即決でお譲り頂くことにしました。
活字も一式揃っていたのですが、残念ながら保管場所が確保できないため、カナや数字などの一部だけをお譲り頂きました。
翌年から始業前の時間を使って清掃を始めました。
インキや油汚れを綺麗にしたくて掃除を始めたのですが、洗いやすいのでどんどん分解していきます。
ごついパーツです。
機能的な造形美と言ったら誉めすぎでしょうか。
先人のものづくりへの情熱に敬意を表して丹念に洗浄しますが、思うほど綺麗になりません。
そこで全塗装を決意します。もちろん既存塗装の上塗りではなく、総剥離です。
全てのパーツに剥離材をかけ、ごしごし磨く・・・と書くと単純な作業ですが結構堪えます。
でも、ここで手を抜くと仕上ってから後悔しますので、あせらずじっくりと時間を掛けます。
その後、パーツごとに分けて塗装をします。
塗装も焦りは禁物。塗っては乾燥を何回も繰り返します。
ようやく塗り終えました。
部品点数はそれ程多くはないですが、念のため分解前にデジカメで詳細を記録しておきました。
日数も掛かってしまいましたので、記憶だけに頼っていたら組み立てに悩んだかもしれません。
設置場所を決め、組み立てを始めます。
シャーシを載せている木製のゲラケースも一緒にお譲り頂いた物です。
一応アンティーク?
分解を始めて半年後、ようやく組み上がりしました。
もう1台は割と綺麗だったので、そのままにしておく事にしました。
(ローラーは巻き直しに出した直後なので、この画像には写っていません。)
ローラーが出来た後は調整です。
まずはインキローラーと版面の高さ調整です。
低すぎるとインキが付いてはいけない部分(非画線部)にも付いたり、スラー(※1)などのトラブルが起こりますし、高いとインキが版に付かないことになります。
この印刷機には調整機構がありませんので、ローラーのコロが転がるレールに薄紙やアルミテープを貼って高さを調整します。
※1 印刷された紙が版から離れる際、画線や網点部に尾やひげ状の汚れが生じる現象。
次に圧胴の調整をします。
プラテン(平圧)式の印刷機は、版と用紙が完全に水平になっていないと大きな印刷ムラができてしまいます。
上下左右4個の調整ネジで圧胴の位置決めをするのですが、胴張りの厚さと用紙の厚さを決めてからでないと迷路にはまります。
すなわち、調整した基準より胴張りか用紙が厚すぎると、印刷物の下部に印圧が偏ります。
逆に胴張りか用紙が薄すぎると、印刷物の上部に印圧が偏るためです。
胴張りの素材は主に紙を使います。ボール紙のような厚いものから、トレーシングペーパーのように薄いものを組み合わせて厚さを調整します。
紙質によって胴張りの硬さが変わり、仕上がりにも影響します。
文字ものは硬め、ベタものは柔らかめが良いようです。
樹脂版を使う場合は、版にも硬さの種類がありますので、それも考慮する必要があります。
調整が済んだ後は、刷る紙の厚さによって胴張りの厚さを変えていきます。
基準とした紙より薄い紙を刷る時は胴張りを厚くし、厚い紙を刷る時は薄くします。
紙厚の差によるムラの微調整は、ティシュペーパー1枚分(約0.05mm)の薄い紙を抜き差ししながら追い込みます。
部分的なムラ取りや、部分的に印圧を強くしたいときは、その部分に合わせて切った薄い紙を、活字の下や胴張りに加えて調整します。
これらの調整は繊細さが求められるとても大切なポイントです。
全くの独学だった当時、これらのノウハウを学ぶのに少し時間がかかりました。
今では諸先輩方のご指導と、国内外の文献のお陰さまで自信をもって調整ができるようになりました。
2008年6月、ようやく完成です。
銀色の円盤にインキを伸ばし、版と紙をセットしたら左のレバーでペッタンコ。
活版印刷の世界へようこそ。